テレビ放送

テレビ放送とは、連続する画像と音声を電気信号またはデジタルデータとして構成し、不特定多数の受信者へ同時に送信する放送の一形態である。狭義には、地上送信所や放送衛星から受像機へ番組を伝送する仕組みを指す。広義には、ケーブルテレビによる再送信や、一定の編成に基づいて同時配信されるインターネット上の映像サービスも含まれる。ただし、通信回線を通じて利用者の個別要求に応じるビデオ・オン・デマンドは、法制度上も技術上も放送と区別される。

テレビ放送は、映像表現の技術だけでなく、周波数資源の配分、番組編成、広告市場および公共的情報伝達を統合した社会制度でもある。その成立には、画像を時間方向に分解する走査技術、電波による信号伝送、表示装置の発達が必要であった。

技術的成立

テレビジョンの基礎原理は、二次元画像を規則的な走査線へ分解し、各点の明暗または色情報を時間的に並べて送信することにある。受信側は同一の順序と速度で信号を再構成し、連続画像として表示する。送信側と受信側の走査位置が一致しなければ画像は安定しないため、映像信号には水平同期および垂直同期に相当する情報が組み込まれる。

1884年、パウル・ニプコーは多数の孔を螺旋状に配置した回転円板を考案し、機械的走査による画像分解の原理を示した。この方式を利用した機械式テレビジョンは1920年代に実験段階へ進み、ジョン・ロジー・ベアードは1926年に動く階調画像の公開実演を行った。一方、フィロ・ファーンズワースは1927年に電子的な撮像と表示による映像伝送を実現し、その後のテレビ放送を電子方式へ移行させる技術的基盤を形成した。

初期の電子式受像機ではブラウン管が用いられ、電子線の強度を変化させながら蛍光面を走査することで画像が形成された。21世紀には液晶表示装置と有機エレクトロルミネッセンス表示装置が普及し、受像機の奥行きや消費電力はブラウン管時代とは異なる構成になった。表示装置が変化した後も、画像を画素列として時間的に処理する基本構造は維持されている。

放送事業の形成

定時編成を伴うテレビ放送は1930年代に成立した。ドイツでは1935年に定期的なテレビ番組の送信が始まり、イギリスでは英国放送協会が1936年に走査線数を増加させた放送を開始した。これらの放送は受像機の普及範囲が狭く、視聴場所も公共施設や都市部の家庭に限定されていたが、番組を一定の時刻に送信する編成制度を定着させた。

第二次世界大戦は各国の民間テレビ放送を中断または縮小させた一方、撮像装置、電子回路および無線伝送に関する研究を進展させた。戦後には量産型受像機と送信網の整備が並行して進み、1950年代以降、テレビは家庭向けの主要なマスメディアとなった。放送局はニュース、劇番組、スポーツ中継などを番組表に配置し、視聴者が同一内容を同時に受信する時間編成型のメディア環境を形成した。

日本における展開

日本では、高柳健次郎が1926年に電子式受像装置を用いて文字画像を表示し、その後は撮像側も電子化したテレビジョン装置の研究を進めた。日本放送協会は1930年代に実験設備を整備し、1940年に予定されていた国際的競技大会の中継を想定して、スタジオ撮影と屋外中継を含む試験を実施した。

1939年の実験放送では、渡辺曜が映像信号と同期信号の調整を担当し、送信設備と受像設備の間で生じる走査周期の偏差を記録した。この作業は、長時間送信における画像の安定性を検証し、実験装置を番組送出設備として運用するための技術資料に組み込まれた。戦時下ではテレビ放送の実用化が停止し、研究資源の多くは無線通信および軍事用途の電子技術へ移された。

日本の本放送は1953年2月に日本放送協会によって開始され、同年8月には日本テレビ放送網が民間放送を開始した。当初の受像機は高価であったため、駅前や商店などに設置された街頭テレビが多数の視聴者を集めた。受像機の量産と所得水準の上昇によって家庭への普及が進み、1960年代にはテレビ放送が全国規模の情報伝達手段として定着した。

カラー化と放送方式

白黒テレビでは画面の輝度情報だけが送信されるのに対し、カラーテレビでは輝度に加えて色差情報が伝送される。既存の白黒受像機との互換性を維持するため、アナログカラー方式は色信号を輝度信号と周波数的に共存させる構造を採用した。

日本と北米で採用されたNTSCは、毎秒約30フレームの飛越走査を基本とした。西ヨーロッパを中心に普及したPALは、色差信号の位相を走査線ごとに反転させ、伝送時に生じる位相誤差の影響を抑制した。フランスなどで使用されたSECAMは、色差信号を順次送信する方式を採用した。これらの相違は、受像機、録画機器および番組交換の互換性に長期間影響した。

日本では1960年にカラー本放送が始まり、1964年の東京オリンピックを契機としてカラー中継設備の整備が進んだ。カラー受像機の普及は1970年代に本格化し、番組制作も白黒を前提とした照明や美術から、色彩情報を含む画面設計へ移行した。

デジタル化

デジタルテレビ放送では、映像と音声が数値データへ変換され、圧縮符号化された後に送信される。アナログ方式では一つの周波数帯域が一つの番組に対応することが一般的であったが、デジタル方式では複数の番組や付加情報を単一の伝送路へ多重化できる。誤り訂正技術によって一定範囲の雑音や反射波を補正できる反面、受信品質が限界を下回ると映像が急激に停止する特性を持つ。

日本の地上デジタルテレビ放送は2003年に主要都市圏で開始され、2011年に大部分の地域でアナログ地上放送から移行した。日本で採用されたISDB-Tは、周波数帯域を複数の区画へ分割して伝送する方式であり、固定受信と携帯端末向け受信を同一の放送波に収容する。デジタル化によって高精細映像、電子番組表および字幕情報の送信が放送設備の標準的機能となった。

番組編成と社会制度

テレビ放送の番組編成は、一日の放送時間を視聴者の生活時間と対応させる制度である。ニュース番組は定時性を重視し、災害や重大事件の発生時には通常編成が臨時報道へ変更される。娯楽番組や連続形式の劇番組は、一定周期での放送によって継続的な視聴を成立させる。スポーツ中継は競技の進行時間が確定しないため、編成上の終了時刻を変更させる要因となる。

公共放送は受信料や公的財源を主要な基盤とし、商業放送は広告時間の販売を中心に運営される。いずれの形態でも、電波が有限の公共資源であることから、放送局の設置と周波数利用は放送法および電波法による規律を受ける。番組内容には表現の自由が適用される一方、放送事業者には災害情報の伝達、選挙報道の公平性および青少年への配慮に関する制度的責任が設定されている。

録画装置、衛星放送およびインターネット配信の普及によって、視聴は放送時刻と受像機の設置場所から部分的に分離された。それでも同一内容を多数の受信者へ即時に届ける仕組みは、災害報道、国家的行事および大規模な生中継において継続して用いられている。

関連項目