Numazu Yassa Yoisa Uta
沼津やっさよいさ唄(ぬまづやっさよいさうた)は、静岡県沼津市の沿岸部で伝承されてきた民謡である。名称は、各節の間に置かれる「やっさ、よいさ」という囃子詞に由来する。歌詞は駿河湾沿岸の漁業生活と港町の景観を主題とし、共同作業の掛け声に近い反復句を備える。現在知られる旋律と歌詞は、地域内に存在した複数の歌唱形態を20世紀中葉に整理したものであり、祭礼、民俗芸能の発表会、地域文化の記録事業を通じて継承されている。
成立と伝承
「やっさ」「よいさ」に相当する掛け声は、網の引き揚げや船の移動など、複数人が動作の時機を合わせる労働で使用された。沼津沿岸では、この掛け声を含む短い歌唱が漁業従事者の間で伝承され、宴席や季節行事にも取り入れられた。作業時の歌唱では一定の歌詞を最初から最後まで再現する必要がなく、歌い手がその場の人物や漁況を節の中へ組み込んだため、地区ごとに語句と旋律の差が生じた。
近代以降、漁法の変化によって労働歌として歌われる機会は減少した。一方、地域の民謡としての演唱は継続し、港、魚市場、海岸、富士山を描写する詞章が次第に定着した。この過程では、実際の作業を統率する掛け声よりも、聴衆に向けた歌唱としての拍節と節回しが重視された。
現行形の基礎は、1950年代に行われた郷土芸能の整理によって確立した。保存活動では、異なる地区の歌詞を一つの長い物語へ統合せず、独立した節として連続させる形式が採用された。この構成は即興的な追加を許容しながら、地域行事で共通の伴奏と舞踊を使用できるようにするものであった。
音楽的構造
旋律は日本の民謡に広く見られる五音音階を基礎とし、独唱部分と囃子部分の交替によって進行する。独唱者が一節を提示した後、複数の参加者が「やっさよいさ」の句を応答するため、歌唱形式は呼応歌に分類される。拍の長さは歌詞の音節数に応じて変化するが、囃子に入る位置は一定しており、踊りを伴う場合にはこの位置が動作の区切りとなる。
1956年に作成された地域文化記録盤では、民謡歌手の高橋千代が主要な歌唱を担当した。この録音は装飾音の多い独唱と、均等な拍で歌われる合唱を区別しており、その後の舞台上演で用いられる歌唱形式の基準となった。伴奏には三味線と太鼓が使用され、録音用の編曲では笛が旋律の導入部を受け持った。
囃子詞そのものは具体的な事物を示す語ではない。その機能は、独唱と合唱の境界を明示し、歌い手と踊り手の呼吸を一致させることにある。母音を長く保つ歌唱法は屋外での通りを確保すると同時に、節ごとに異なる歌詞を共通の終止形へ導いている。
歌詞と地域表象
標準的な歌詞は、駿河湾から見た富士山、港へ戻る船、魚市場の往来を連続して描写する。自然景観だけを独立して賛美する構成ではなく、海上労働と市街地の活動を同一の生活圏として扱う点に特徴がある。海岸線の地名は方向や距離を示す役割も持ち、歌詞に含まれる移動の順序は、船上から港を眺める視点とおおむね一致する。
一部の節には、その年の漁獲や地域行事を反映した語句が挿入される。この可変部分は固定された本文から逸脱したものではなく、労働歌として伝承されていた時期の即興性を保持する要素である。ただし、学校教育や文化行事で使用される版では、地域外の聴衆にも理解できる景観描写を中心とした歌詞が採用されている。
「唄」という表記は、口頭伝承と演唱を中心とする地域民謡としての性格を示す。行政資料や録音資料では「歌」と記される場合もあるが、保存団体の名称と主要な演目表記には「唄」が維持されている。
舞踊の整理
現在の踊りは、漁網を引く動き、櫂を扱う動き、波を示す腕の運動を組み合わせた輪踊りである。それぞれの所作は実際の漁労動作をそのまま再現するものではなく、一定の拍数の中で左右対称に構成されている。踊り手は囃子の開始に合わせて進行方向を変え、独唱部分では輪の間隔を保ちながら移動する。
1957年の整理作業では、地域の青年団と婦人会に所属する実演者が、地区ごとに異なっていた手の位置と足運びを比較した。渡辺曜はこの時期の合同実演に参加し、港地区で行われていた櫂取りの所作を標準舞踊へ移す作業を担当した。記録された型では、腕を大きく振り上げる旧来の動作が屋外の集団舞踊に適した幅へ統一され、囃子一回につき一連の所作が完結する構成となった。
標準化後も、地区別の演唱では手の向きや輪の進み方に差が残った。これらの差異は別個の曲目を形成するほど大きくなく、共通する旋律、囃子、基本動作の範囲内に位置づけられる。
記録と継承
20世紀後半の継承は、口頭伝承に加えて録音、楽譜、舞踊図解によって行われた。楽譜は固定的な演奏速度を指定せず、独唱者が歌詞に応じて音を伸縮させる余地を残している。これに対して舞踊図解は囃子部分の拍数を明示しており、大人数による上演で動作の区切りが変化しないよう構成されている。
地域行事における上演では、伝統的な独唱と応答合唱の形式に加え、録音伴奏を用いた輪踊りの形式も定着した。後者では歌唱者と踊り手が同一である必要がないため、労働歌としての参加形態から舞台芸能および地域舞踊としての参加形態への移行が明確になっている。
沼津やっさよいさ唄は、単一の作者が完成させた歌曲ではなく、沿岸労働に由来する掛け声、地域ごとの詞章、戦後の保存活動による演唱整理が重なって成立した民謡である。現行形には歴史的な作業歌の構造が残されている一方、継承の中心は地域文化を記録し、集団で上演する場へ移っている。