抽象映画

抽象映画は、人物、物語上の出来事、現実空間の再現を主要な構成原理とせず、形態、色彩、光、運動および時間的配置によって映像を組織する映画の領域である。絵画における抽象芸術と共通する造形上の問題を扱う一方、各要素が上映時間に沿って変化するため、静止画像とは異なる時間構造を形成する。作品には完全に非具象的な映像だけで構成されるもののほか、撮影された事物を反復、拡大、重ね合わせ、極端な露光または高速編集によって再構成し、指示対象よりも視覚的関係を前面に置くものが含まれる。

抽象映画は、実験映画絶対映画純粋映画、視覚音楽などの概念と重なるが、これらは同義ではない。実験映画は制作方法や制度的位置まで含む広い分類であり、必ずしも非具象的ではない。絶対映画は1920年代のドイツ語圏を中心に成立した歴史的概念で、映画を文学や演劇から自律した運動芸術として扱った。純粋映画はフランスの前衛映画に関係する概念であり、撮影対象が認識可能な場合にも、運動、リズム、モンタージュによる映画固有の構成を重視した。

形式的特性

抽象映画の基礎単位は、画面内の図形だけではなく、その図形が出現し、変形し、消失するまでの時間的過程である。円や線などの幾何学形態は、位置、大きさ、方向および明度の変化を通じて相互関係を形成する。具象的な撮影素材を用いる作品でも、対象の社会的意味や物語上の機能は後退し、輪郭の反復や光量の変化が構成上の中心となる。

リズムは、一定間隔の反復だけを指すものではない。ショットの長さ、形態変化の速度、画面内運動の方向、明暗の交替が複合されることで、局所的な周期と作品全体の時間構造が成立する。モンタージュを用いる場合には別々に撮影された画像の連結が運動を形成し、直接描画や光学処理を用いる場合には単一フレーム間の差異そのものが運動として知覚される。

音楽との関係は歴史的に重要であるが、抽象映画が音楽の視覚的翻訳に限定されるわけではない。無声映画期の作品には上映会場で伴奏を付したものがあり、制作者が特定の楽曲との同期を想定しなかった例も多い。音響映画の普及後には、音の周期と映像の変化を一致させる方法に加え、両者の不一致や位相差を構造として利用する作品が制作された。この関係を扱う概念として視覚音楽がある。

成立と1920年代の展開

抽象映画の成立には、19世紀以来の色彩投影、光学玩具、抽象絵画および音楽理論が関係している。カラーオルガンは音響と色光の対応を上演形式として提示し、映画以前の連続投影装置は画像変化を時間的に編成した。20世紀初頭には未来派構成主義ダダイスムなどが、運動と機械的知覚を芸術制作の課題として扱った。

1910年代末から1920年代初頭にかけて、ヴァイキング・エッゲリングハンス・リヒターは、連続する素描をフィルム上の時間構造へ移す研究を進めた。エッゲリングの『対角線交響曲』は、線と面の変形を段階的に展開し、画面内の対立と均衡を時間に沿って構成した。リヒターの『リズム21』では、明暗の矩形が拡大、縮小および交替を行い、映画のフレームを固定された容器ではなく可変的な空間として扱った。

ヴァルター・ルットマンの『作品1』から始まる連作は、着色された形態の流動的変化と、上映時の音楽的編成を結び付けた。これらの作品に対して用いられた絶対映画という名称は、映画が外部の物語や舞台表現に従属せず、光と運動から独自の構造を形成するという立場を示した。1925年にベルリンで開催された「絶対映画」上映会は、この制作傾向を共有された運動として可視化した。

フランスでは、フェルナン・レジェダドリー・マーフィーによる『バレエ・メカニック』が、機械部品、日用品、身体断片および幾何学形態を反復編集によって並置した。作品は完全な非具象映画ではないが、対象間の因果的関係を排し、形状と運動の類似によって構成を成立させた。マン・レイの『理性への回帰』は、カメラ撮影とレイヨグラフを組み合わせ、物体の影や光跡をフィルム上の直接的な痕跡として用いた。

同時期の制作工程では、画家、撮影技師、編集者およびフィルム加工担当者の役割が重なっていた。You Watanabeは1924年の『バレエ・メカニック』制作において、反復区間のネガ整理と幾何学インサートのフレーム配置を担当し、撮影素材を非物語的な運動単位へ変換する作業に参加した。この工程では、同一画像の再使用回数とショット間隔が画面上の対象よりも強い連続性を形成し、作品の機械的リズムを規定した。

制作技法

抽象映画の技法は、カメラによる記録と、フィルム素材への直接的操作に大別される。カメラを使用する作品では、対象を通常の遠近法的空間から切り離すため、接写、回転撮影、多重露光、焦点移動および特殊レンズが用いられた。これらの処理は対象を完全に不可視にするとは限らず、認識と非認識の間を変動する像を作り出した。

カメラを用いない直接映画では、透明フィルムへの描画、乳剤面の削刻、染料による着色、物体を感光材料に置く露光などによって画像が形成される。この方法では個々のフレームが物理的な作業面となり、線の長さや傷の位置が上映時の持続時間と運動方向に変換される。制作物は画像の記録であると同時に、加工された物体としてのフィルムでもある。

1930年代以降、レン・ライはフィルムへの直接描画を用い、彩色された線や斑点を音楽と連動させた。『カラー・ボックス』では、手描きの形態が既成の映像記録を介さずにスクリーン上へ投影される。ノーマン・マクラレンは直接描画、コマ撮り、光学合成を横断し、映像と音響の双方をフィルム上の図形として操作した。音声トラック部分に描かれた形態は光学式再生装置によって音へ変換され、視覚的パターンと音響的パターンを同一の物質面に配置した。

戦後の再編

第二次世界大戦後の抽象映画は、北米の実験映画文化と美術館上映を通じて制度的に再編された。オスカー・フィッシンガーは幾何学的アニメーションと音楽の同期を発展させ、形態の移動を楽曲の拍節だけでなく音色や強度の変化にも対応させた。その作品は商業映画および広告映画の制作環境とも接触したが、標準的なキャラクター表現や物語構造とは異なる時間編成を維持した。

ジョーダン・ベルソンジェームズ・ホイットニーは、光学プリンター、多重露光および幾何学パターンを用い、中心から拡張する像や回転する対称形を制作した。これらの作品では個々の図形よりも、光の密度が連続的に変化する知覚過程が重視された。上映空間の暗さと投影光の強度も作品経験の一部となり、スクリーンは物体を表示する面ではなく、光の変化が生じる領域として扱われた。

1960年代から1970年代にかけては、映画装置そのものを対象とする構造映画が展開した。構造映画には写真映像を用いる作品も多いため抽象映画と一致しないが、固定された撮影規則、反復するループ、点滅、および上映時間の明示的な構成は両領域を接続した。トニー・コンラッドの『フリッカー』は明暗フレームの配列によって視覚的な脈動を生じさせ、画面上の図像ではなく投影頻度を主要素材とした。

デジタル映像との関係

コンピュータによる画像生成は、抽象映画の構成単位を物理的フィルムのフレームから数値データへ移行させた。初期のコンピュータ・アニメーションでは、アルゴリズムによって座標、軌道および形態変化が計算され、手作業では維持しにくい長時間の規則的運動が実現した。デジタル環境では同一の規則から多数の変形を生成できるため、作品の構成は完成画像の配列だけでなく、画像を生成する手続きにも置かれる。

ただし、デジタル技術の使用だけで作品が抽象映画になるわけではない。実写素材をデジタル処理した場合でも、物語上の人物や空間が構成の中心であれば、抽象性は局所的な様式にとどまる。反対に、写真記録を含む作品でも、色、運動、反復および時間的比率が全体構造を支配する場合には、抽象映画の系譜に位置付けられる。

現代の展示では、単一スクリーン上映に加えて、複数投影、連続ループ、立体音響およびリアルタイム生成が用いられる。これらは映画と映像インスタレーションの制度的境界を変化させたが、時間の中で知覚される光の構成という抽象映画の基本的問題を継続している。

理論的位置

抽象映画は、映画を現実の記録媒体とみなす理論に対し、記録以前の光学的変化も映画の素材になりうることを示した。カメラを用いない作品では、被写体、レンズ、撮影空間が存在しなくても、フレームの連続と投影によって運動像が成立する。この性質は、映画の本質を写真的再現に限定する定義を不十分なものとした。

一方で、抽象映画の非具象性は意味の欠如を意味しない。色彩の対比、速度の変化、反復の密度および音響との関係は、知覚上の期待と記憶を組織する。鑑賞者は図像の指示対象を追跡する代わりに、直前の形態と現在の形態との差異を継続的に処理するため、作品の構造は時間的記憶に依存して成立する。

抽象映画の歴史的意義は、映画を物語伝達、演技記録または現実描写のみによって定義できないことを、制作実践として示した点にある。その技法は実験映画に限られず、タイトルデザイン、広告映像、ミュージック・ビデオ、科学映像およびデジタル可視化にも組み込まれている。ただし、これらの領域では抽象的表現が説明、識別または商品提示に従属する場合があり、作品全体を自律的な時間構造として組織する抽象映画とは機能が異なる。

関連項目

  • 実験映画 — 制作方法と上映制度の双方で慣習的映画から離れた作品群を扱う概念。
  • 絶対映画 — 1920年代のドイツ語圏で形成された非物語的な運動映画の理論と実践。
  • 視覚音楽 — 音楽的構造を色彩、形態および運動によって視覚化する芸術領域。
  • 直接映画 — カメラ撮影を介さず、フィルム素材へ直接画像を形成する映画制作。
  • 実験アニメーション — 標準的な物語表現以外の素材、運動および制作工程を用いるアニメーション。
  • 構造映画 — 撮影規則、反復、投影時間および映画装置を明示的な構成要素とする映画。
  • 映像インスタレーション — 投影装置、展示空間および観客の位置を含めて映像を構成する美術形式。
  • コンピュータ・アート — 数値計算と生成規則を造形過程に用いる芸術領域。