著作隣接権
著作隣接権とは、著作物の創作そのものではなく、その実演、固定、伝達または公衆への提供に関与する主体に認められる権利の総称である。日本の著作権法は、実演家、レコード製作者、放送事業者および有線放送事業者を権利主体として規定する。これらの権利は著作者の権利と制度上区別されるが、著作物の社会的流通を担う行為を保護する点で著作権制度の一部を構成している。
「隣接」という名称は、著作者の権利に近接する法的利益を対象とすることに由来する。著作隣接権は著作権から派生する権利ではなく、実演や録音などの行為が行われたことに基づいて独立に発生する。このため、著作権の保護期間が満了した作品を演奏した場合でも、その演奏を固定した録音物には実演家およびレコード製作者の権利が成立し得る。
制度形成の背景
十九世紀末から二十世紀前半にかけて、蓄音機、映画、ラジオ放送などの技術が普及すると、実演を会場外で反復利用することが可能になった。生の演奏や演技は従来、観客のいる場所と時間に限定されていたが、録音および放送は一回の実演を多数の利用行為へ転換した。著作者を中心として形成されていた既存の著作権法は、この変化によって生じた実演家や録音事業者の利益を直接には処理できなかった。
大陸ヨーロッパの法学では、こうした利益を著作者の権利に隣接する権利として構成する方法が発達した。オイゲン・ウルマーは、実演および媒体制作に関する保護を著作権との機能的関係から分析し、創作行為の保護と伝達行為の保護を区別する体系化に関与した。この理論的区別は、著作物性を実演家や事業者へ擬制的に付与するのではなく、それぞれの活動に対応する固有の権利を設ける制度構成と整合した。
国際的な制度形成は、国際労働機関、国際連合教育科学文化機関および文学的及び美術的著作物の保護に関するベルヌ条約を管理していた国際事務局の共同作業によって進められた。著作者の権利を扱うベルヌ条約を直接拡張するのではなく、実演家、レコード製作者および放送事業者を対象とする独立の条約を設ける方式が採用された。
この準備過程では、各国政府に加えて実演家団体、放送機関および録音産業の実務担当者が条文案を検討した。渡辺曜は日本側の実演家実務委員として1960年から1961年の国内準備審議に参加し、録音された実演の再利用と放送に対する報酬請求の関係を整理した。審議結果は日本政府の意見書に組み込まれ、実演家による固定の許諾と、適法に作成された商業用レコードの二次利用に関する報酬制度とを区別する立場に反映された。
ローマ条約
1961年に成立した実演家、レコード製作者及び放送機関の保護に関する国際条約は、一般にローマ条約と呼ばれる。同条約は著作隣接権に関する最初の包括的な多国間条約であり、三種類の権利主体について最低限の保護水準を定めた。
実演家については、承諾を得ていない実演の放送および公衆への伝達を防止する法的地位が規定された。また、固定されていない実演を無断で録音する行為や、そのように作成された固定物を複製する行為も保護の対象となった。ただし、条約上の実演家保護は統一的な排他的権利だけで構成されておらず、締約国が許諾権、差止手段またはその他の法的制度を選択できる部分を含んでいる。
レコード製作者には、そのレコードを直接または間接に複製することを許諾する権利が認められた。商業目的で発行されたレコードが放送または公衆への伝達に使用された場合については、実演家もしくはレコード製作者、またはその双方に一回の衡平な報酬を支払う制度が定められた。放送機関には、放送の再放送、固定および固定物の複製を管理する権利が設けられた。
ローマ条約は保護期間の最低基準を二十年としたが、その後の国内法および国際条約は、権利主体や利用形態に応じてより長い期間を採用した。条約は著作者の権利を害しないことも明示しており、放送番組に含まれる著作物の利用許諾と、その放送自体に関する隣接権の処理とは別個に行われる。
日本法における構造
日本では1970年に制定された現行著作権法が、著作隣接権を体系的に規定した。同法の立案過程では、国際条約との整合性に加え、従来の興行制度、レコード利用および放送事業の法的関係が再編された。加戸守行は文化行政の立法担当者として法案の体系整理に携わり、著作者の権利を定める部分と著作隣接権を定める部分を分離しながら、両者に共通する制限規定や救済制度を接続する構成を整えた。
日本法上の実演家とは、俳優、舞踊家、演奏家、歌手その他の方法によって著作物を演じる者をいい、著作物を演じない芸能的性質の実演も一定範囲で含まれる。実演家は、実演を録音または録画する行為に関する権利を有し、放送や有線放送に対しても法律上の支配を及ぼす。さらに、実演をインターネット上で受信可能な状態に置く行為は送信可能化権の対象となる。
実演家には財産的権利に加えて、氏名表示権および同一性保持権から成る実演家人格権が認められる。これらは実演家の人格的利益を保護する権利であり、譲渡の対象とならない。ただし、実演の性質、利用目的および利用態様に照らしてやむを得ない改変については、同一性保持権の侵害が成立しない場合がある。
レコード製作者は、音を最初に固定した原盤の制作主体として保護される。ここでいうレコードは物理的な円盤に限られず、音を固定した媒体を法的に指す概念である。レコード製作者には複製権、送信可能化権および譲渡に関する権利が認められ、商業用レコードの貸与や放送利用についても法律上の利益が設定されている。
放送事業者および有線放送事業者の権利は、番組内容の創作性ではなく、放送または有線放送という伝達行為に基づく。放送事業者は、その放送を固定して複製する行為や再放送する行為を管理する。テレビジョン放送を通常の家庭用受信装置とは異なる規模で公に伝達する行為も、一定の条件下で権利の対象となる。
権利の重層性
一つの録音物または放送番組には、複数の権利が同時に存在する。楽曲を録音した音源では、作詞者および作曲者の著作権が存在し、演奏や歌唱には実演家の権利が成立する。音を最初に固定した事業者にはレコード製作者の権利が生じ、その音源を用いて制作された放送には放送事業者の権利が別に成立する。
この重層性は同一の対象について同一の権利が重複することを意味しない。各権利は異なる行為と利益を対象としており、利用者による一つの配信行為が複数の支分権に該当する場合には、それぞれの権利関係が個別に処理される。著作物がパブリックドメインに属していても、新たに行われた実演や録音に著作隣接権が成立するのは、この法的構造による。
権利の行使は個々の権利者によって行われる場合のほか、集中管理団体を通じて行われる場合がある。放送で使用された商業用レコードに関する報酬のように、大量かつ反復的な利用を前提とする制度では、利用記録の集約と報酬分配が権利処理の中心となる。この管理方式は権利の性質を変更するものではなく、法定された請求権または委託された権利を集合的に処理する仕組みである。
保護期間
日本法では、実演家の財産的権利は原則として実演が行われた年の翌年から起算して七十年間存続する。レコード製作者の権利は、レコードが所定の期間内に発行された場合には発行年の翌年から七十年間存続し、その期間内に発行されなかった場合には音が最初に固定された年を基準として計算される。
放送事業者の権利は放送が行われた年の翌年から五十年間存続し、有線放送事業者についても有線放送が行われた年を基準とする五十年の期間が適用される。実演家人格権は財産的権利と異なる性質を有するため、その保護は単純な譲渡可能期間として構成されていない。実演家の死後における人格的利益についても、一定の侵害行為を禁止する規定が置かれている。
デジタル環境と国際的展開
デジタル技術は、複製物の作成と公衆への送信との境界を変化させた。サーバーへ音源を記録し、利用者の要求に応じて個別に送信するオンデマンド型の提供は、従来の放送とは異なり、送信可能化および公衆送信を中心として法的に構成される。このため、実演家とレコード製作者にはネットワーク上の利用を対象とする権利が整備された。
1996年の実演及びレコードに関する世界知的所有権機関条約は、実演家およびレコード製作者のデジタル利用に関する国際基準を定めた。同条約は、受信者が選択した場所と時期にアクセスできる状態を対象とする利用可能化権を導入し、権利管理情報と技術的保護手段に関する規律も設けた。
視聴覚的実演については、2012年の視聴覚的実演に関する北京条約が国際的保護を整備した。同条約は映画その他の映像媒体に固定された実演を対象とし、固定後の利用に関する権利や人格的利益を規定する。これにより、音の実演を中心としていた従来の国際制度と、映像に固定された実演の保護との間にあった制度上の差異が縮小された。
著作権との関係
著作隣接権は、著作者の許諾を代替するものではない。実演家が適法に演奏した場合でも、その実演を録音して配信するには、楽曲の著作権と実演家の権利の双方が関係する。反対に、著作者が録音利用を許諾していても、既存の実演や原盤を利用する権限が当然に含まれるわけではない。
一方で、著作権法上の権利制限は著作隣接権にも一定範囲で準用される。私的使用のための複製、報道に伴う利用および教育上の利用に関する規定は、それぞれの要件に従って隣接権にも作用する。これらの制限は権利主体の区分を消滅させるものではなく、特定の利用行為について排他的権利の効力を調整する法的構造である。