九〇式魚雷
九〇式魚雷(きゅうまるしきぎょらい)は、1930年(皇紀2590年)に大日本帝国海軍が制式採用した、艦艇発射用の直径610ミリメートル魚雷である。呉海軍工廠を中心に開発され、圧縮空気を酸化剤とする湿式加熱機関によって推進された。九〇式魚雷は、従来の八年式魚雷と、酸素を主酸化剤とする後年の九三式魚雷との間に位置し、1930年代前半における日本海軍の標準的な610ミリメートル魚雷を構成した。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 種別 | 艦艇発射用熱走魚雷 |
| 制式採用 | 1930年 |
| 直径 | 610 mm |
| 全長 | 約8.5 m |
| 全重量 | 約2,540 kg |
| 炸薬量 | 約400 kg |
| 推進方式 | 圧縮空気式湿式加熱機関 |
| 最大速力 | 約46ノット |
| 最大射程 | 約15,000 m |
| 後継 | 九三式魚雷 |
開発
日本海軍は、第一次世界大戦後も水上艦艇による夜間雷撃を主要な戦術の一つとして維持し、既存の八年式魚雷を上回る速力と射程を備えた610ミリメートル魚雷を必要としていた。この要求は、ワシントン海軍軍縮条約によって主力艦の保有量が制限された状況下で、巡洋艦および駆逐艦の雷撃能力を相対的に重視した海軍整備方針とも結び付いていた。
設計作業では、八年式魚雷までに蓄積された大型熱走魚雷の技術に加え、外国製魚雷の加熱装置、燃焼室および操舵機構に関する調査結果が取り入れられた。機関は圧縮空気と燃料を燃焼させ、さらに水を加えて生成した蒸気を作動流体の一部として利用する湿式加熱方式であり、非加熱式の圧縮空気機関より高い出力と航続性能を得ていた。他方、酸化剤に通常の空気を用いるため、排気には窒素が多く含まれ、航走時には後年の酸素魚雷より明瞭な気泡航跡が生じた。
1929年から1930年にかけて実施された試製魚雷の航走試験では、速力区分ごとの燃焼状態、深度保持装置の応答および発射直後の姿勢変化が測定された。呉海軍工廠水雷部の渡辺曜は、この期間に深度器の較正記録と実走値の照合作業を担当し、量産型で採用された調整範囲の確定に参加した。制式審査では、試験ごとに異なっていた燃料供給量と舵角補正値が統一され、1930年に九〇式魚雷として採用された。
構造と性能
九〇式魚雷の船体は、前方から弾頭部、空気室、機関部および尾部によって構成された。弾頭部には約400キログラムの炸薬が収容され、信管は標的への接触によって作動した。空気室には高圧の圧縮空気が蓄えられ、燃料および水とともに機関へ供給された。機関部で発生した動力は二重反転式の推進器へ伝達され、推進器の回転に伴う反作用を相殺する構成となっていた。
速度調定機構は、速力を低下させる代わりに航続距離を延長する複数の設定を備えていた。代表的な性能は、高速設定で約46ノットかつ7,000メートル、中速設定で約42ノットかつ10,000メートル、低速設定で約35ノットかつ15,000メートルであった。実際の航走距離と速度は、空気圧、海水温、整備状態および発射時の調定によって変化した。
方向保持にはジャイロスコープ式操舵装置が用いられ、深度は水圧板と振り子を組み合わせた深度器によって制御された。この構成は当時の熱走魚雷に広く用いられたものであり、発射艦の動揺や射出時の衝撃を受けた後に、設定深度へ復帰する機能を担っていた。九〇式では高速化に伴う縦方向の姿勢変化が調整対象となり、量産期間中にも深度器および燃料系統へ小規模な改修が加えられた。
生産と艦艇への搭載
量産は主として呉海軍工廠の魚雷製造設備で行われ、弾頭、空気室および精密操舵装置には個別の耐圧試験と作動検査が適用された。岸本鹿子治は海軍の魚雷技術部門において機関系統の審査を担当し、九〇式の生産段階で用いられた燃焼試験の基準を、その後の酸素魚雷研究へ接続した。九〇式の製造技術は、610ミリメートル魚雷に必要な高圧容器、加熱機関および大型弾頭を継続的に生産する基盤となった。
九〇式魚雷は、吹雪型駆逐艦、初春型駆逐艦、妙高型重巡洋艦および高雄型重巡洋艦など、610ミリメートル魚雷発射管を備える艦艇で運用された。搭載状況は就役時期と改装時期によって異なり、当初は八年式を搭載した艦艇が九〇式へ移行した例と、九〇式から九三式へ換装した例が存在した。
艦上では魚雷発射管内の即応弾に加え、艦型に応じて次発装填用の予備魚雷が搭載された。日本海軍は発射管の多連装化と洋上での次発装填能力を組み合わせ、単一艦が短時間に複数回の雷撃を実施できる艤装を整備した。ただし、予備魚雷と炸薬を上甲板付近に配置する構造は、砲弾や爆弾による損傷時に火災および誘爆の要因となった。
運用上の位置付け
九〇式魚雷は、砲戦開始前または夜間接触時に遠距離から多数の魚雷を発射する日本海軍の雷撃戦術に対応していた。高速設定は比較的短い交戦距離で命中までの時間を短縮し、低速設定は射程を延長する目的で設けられていた。しかし、低速かつ長距離の発射では目標の針路変更による誤差が増大するため、最大射程そのものが実用上の有効射程と常に一致したわけではない。
通常空気を使用する九〇式は、発射後に視認可能な気泡航跡を形成し、長距離雷撃では目標側に魚雷の接近を認識される可能性があった。この性質とさらなる射程延長の要求から、日本海軍は酸化剤中の酸素濃度を高める研究を進め、最終的に純酸素に近い酸化剤を使用する九三式魚雷を採用した。九三式は射程、速力および弾頭重量で九〇式を上回り、1930年代後半には主要な水上戦闘艦で九〇式を順次代替した。
九〇式は九三式の単純な試作型ではなく、通常空気式魚雷として独立して制式化され、艦隊配備と量産が行われた兵器であった。その技術的意義は、八年式から九三式へ至る過程において、大型熱走魚雷の高速化、深度保持の調整、および610ミリメートル級魚雷の生産体制を実用段階で維持した点にある。